FC2ブログ

フランスの古城

かなり昔、趣味が高じて始めたフランス語の勉強は、依然上達の見込みがないが、諦めずに続けている。先生はフランス文学者で稲敷市在住の方。入門したとき、門下生たちと誘い合わせてフランス旅行をしようとご提案をいただいた。目的はパリでもモン・サン・ミシェルでもなく、フランス南部の寒村にあるボナギル城という戦争のための古いお城。

フランスのお城はシャトー・ランデブーといって狩猟やサロンのための別荘風のものが多い。シュノンソーやシャンボール、有名なベルサイユもそうだ。15世紀ごろ大砲が使われるようになって、防戦用の城は役にたたなくなった。無論、近世に造られた大規模な城砦は残っているが、あまり見る価値のないものが多い。

ボナギル城は13世紀に始まり15世紀に今日の規模になった本格的な戦争用の城だ。高い分厚い石壁や防戦の仕掛け、罠などは古来伝統的なもので、日本の城と変わらない。ルネサンスの影響を受けているアーチの門飾りや、暖炉、マリオン、領主舘の瀟洒なサロンなどには美術的に興味を引かれる。半自動の水洗式のトイレがいくつかあり、大流行したペストに備えて、衛生面への工夫も感じられる。古いだけの無粋な城ではないところが魅力だ。。

Vue densemble

写真では古色蒼然としているが、往時は20ほどある大小の塔に三角帽子が乗っていた。尖塔には領主の旗がたなびいて、さぞ壮麗で威厳があっただろう。お伽話に現れるようなロマンチックな城だったにちがいない。主唱者の先生はむろん、わたくしたち門下生も現地を訪ねるのを楽しみにしていた。だが、最近あまり楽しくない情報が伝わってきた。

習近平国家首席が訪問して、この城の修復の援助を行い、中国人観光客を呼び込むというのだ。ここは人里離れた集落のはずれであり、交通も不便だ。食事処も土産屋もない。フランス人でさえ、訪問者が少ないのに、なぜ中国人なのか。じつは、ここから遠くない所に中国が巨大な投資を行なって、新しい産業を興すことになった。その余勢を駆って、この寒村にも貢献し、フランスに喜んでもらいたいというわけだ。
先生も私たちも、中国人を蔑視するような気持ちは微塵もないが、長年憧れていたフランスの片田舎の古城を訪ねて、そこが外国の観光客でにぎわっていたらどうか。想像するといささか気持が萎えてしまう。
スポンサーサイト

公開、気おくれ

ブログにかぎらず、youtubeなどネットサービスへの投稿の際に、公開をためらう人がいる。公開すると個人情報を盗まれるおそれはない。ためらう理由は記事を読まれるのが恥ずかしいのだろう。もともとネットに投稿すること自体、人に見てもらうのが目的なのだから、公開をためらうのは自己矛盾ではないか。たまたま、あの人にだけは絶対に見られたくなかったという人にヒットされてしまう。そういうおそれがあるからか。記事に書いた悪口の当人が読んだら、それは確かに厄介だ。しかし、うっぷん晴らしが投稿の目的なら、その程度の投稿はやらない方がよい。

ところで、投稿した記事が人に読まれることはどれくらいあるのか。皆無である。トランプ大統領とか池江選手とか有名人なら兎に角、わたくしたちのように、ありきたりで、その他大勢に属する投稿者の記事を見るような酔狂な人はいない。ヒットされる確率は、太平洋に浮かんだゴマ粒を捜すようなものだ。宝くじに当たるよりも確立が低い。

他方アカウント情報だが、ネットのサービスを利用したければ、アカウントの書き込みは必須だ。Eメール、Google、ヤフー、Facebook、Amazon、楽天、ゆうちょ銀行、図書館、JRも航空会社もすべてアカウントの登録をしなくてはそのサービスを利用できない。では、そこに登録した個人情報は完全に安全かというと、それは100%ではない。マイナンバーカードでさえそうだ。ニュースでご存じのとおりである。しかし、おおむね安全なことも確かだから、まず安全と、それを信じなくてはネット世界から孤立してしまう。われわれが気軽に利用しているWiFi でさえ第3者に侵入される恐れが大きい。町中に設置されている防犯カメラだって、何千万人の中から一瞬でわたくしたちを特定できるのだ。

つい先ごろ、わたくしの住む町の自治会が個人情報保護に関する要綱を僅差で可決した。国の個人情報保護法だけでは、心配があるから、自治会としてはもっと厳しく保護に取り組む。ならばもっともな話だが、その逆で、国の保護法は厳し過ぎるから自治会はもっとおおらかに第三者に個人情報を提供しようというのだ。トラブルがあれば。自治会が責任を負う。おかしな話だ。そんな世の中だから、私たちは気を付けなくてはならないが、情報漏えいについては、いくら用心しても安全ではない世界に住んでいるのだ。アカウント情報が洩れたら、その時はその時だと観念して生きてゆくしかない。それ比べれば、投稿する記事を誰かに見られるおそれはない。取り越し苦労である。せっかく書いた記事だから、大事にしてはどうか。しかも、たとえアクセスがあっても、安全の問題ではないのである。

パソコンの操作をマスターしたい

パソコンの操作に精通し、自由に楽しみたいと考えている人は少なくない。
パソコン教室に通い始める人もいる。素晴らしいではないか。ところが、多
くの人が上達する前に挫折してしまう。なぜか。

PCの楽しみの一つにSNSの利用があるが、SNSという手段を好まない人も
いる。SNSは共通の趣味やテーマを中心に人と人がネットで出会い、グル
ープを作ってコミュニケーションを楽しむものだ。実際に出会い、直接のふ
れあいをすればもっと意義があるのだから、SMSでつくる人間関係には興
味がないという人もいる。しかし、手紙だけでも友好関係は深まるのだから、
SNSだって立派な交流手段ではないのか。SNSを好まない人を非難するわ
けではないが、SNSを利用しないというだけで、PCの利用域はかなり狭く
なってしまう。実際にfacebookやtwitterを楽しむ人は世界的にものすごい
勢いで広がっている。

そもそも、パソコンが取り扱うことができるデータの種類は、文字、写真、動
画、音楽の4つしかない。それなのに、SNSに加えて、写真や動画には興味
がないという人がいる。そうなるとパソコンの利用範囲はぐっと狭くなる。残
るのは、書き物をするか、音楽を聴くかだ。

エクスプローラアイコン



さて、その上に書き物にも興味がない、WordもExcelも必要ないとなるとパソ
コンの利用範囲はほとんどない。やることがないから、必然的にPCを開か
なくなり、上達もできなくなる。いやいやネットサーフィンをしたり、ネット・
ショッピングをしたり、それなりに利用していると。それも悪くないが、ネット
サーフィンだけでは、PCは上達できない。パソコン歴10年といっても、せい
ぜい初級レベルの入門段階にとどまっているものだ。おまけにネットなら
スマホの方が、いつでも、どこでも手軽の使えるから、はるかに便利である。
実際に、スマホの普及でパソコンユーザーはどんどん減っているのだ。

なぜ、こんなことになるのか、理由は簡単。パソコンで何をしたいのか決ま
っていないからだ。PCはいろいろなことができる。使い始めには目的が特
定できないこともあるだろうが、使っているうちに自分なりの楽しい使い方
が見つかるものだ。そのためには、あれは嫌い、これも嫌いではだめで、と
にかくなんでも取り組んでみようという好奇心が大切である。パソコンには
スマホにはない楽しみ方がたくさんあるのだ。遊び心こそ、上達の道なの
である。

不整脈(心房細動)

これだけ医学が発達しているのに、心房細動の発病の原因は解明されて
いないそうだ。

心房細動はあまり自覚症状がないから,症状が進行しても気付かない。
ぼくの場合は4年前にPMを入れたので,定期検診で心臓の状況を見張っ
ていた。不整脈の発生率が2%になって、医師がアブレーションを勧め
てくれた。PMには心房細動などの異常を記録する機能があり、心電図
を調べなくても、ある程度的確に診断できる。自覚症状がなくても、医
師には完全な診断ができるわけだ。といっても、心房細動が心不全に繋
がるリスクがどれくらい高いかまでは分からない。アブレーションを受
けるかどうかは患者の選択に委ねられる。

痛いとか苦しいとか、自覚症状がないのだから、治療を受けないで放置
しても、運よく長生きするかもしれないし、ある日突然心不全か心因性
脳梗塞で死んしまうかもしれない。心房細動は高齢化するほど、心房組
織の発生源が広がって進行する。おまけに、アブレーションの成功率は
若いほど高い。アブレーションは確立した治療法で安全性は高いが、そ
れでも高齢者ほど体力に比例してリスクが高まる。



手術は2時間ほどで終わったが、途中、手術台の上で僕の体が激しく上
下に動くので、医師が麻酔を追加したらしい。突然で頬を強く叩かれ、
名を呼ばれたので一瞬気付いたが、そのままこん睡。目が覚めたら、病
室のベッドだった。5時間ぐらいいびきをかいていたそうだ。部分麻酔
なので、術中も意識ははっきりしていると説明を受けていたが、初めの
1時間ぐらいしか記憶にない。

心房

今回、焼灼したのは赤い線の部位。心房の壁は厚さ1mmだそうだ。

オペが成功したか否かは2、3か月経過しないとわからないらしい。
心房の焼灼した部位は目で見えるわけじゃないから、傷の回復具合を可
視的に判断できない。症状の回復で診断するしかないのだろう。

今、息苦しい感じがしているが、これは手術の前からの症状でもある。
ひょっとするとこれも心房細動の症状だったかもしれない。術後、しば
らく心房細動が発生しやすくなり、そのために息苦しい感じが残ると説
明された。

余談だが、土浦協同病院は巨大な病院で、設備もすばらしい。明るく
近代的だ。医師も看護師も親切で癒やされる。最上階には大きなレス
トランがあり、霞ヶ浦をはじめ雄大な関東平野を眺めることができる。
食事もおいしい。ちょっとしたホテル気分を味わうことができる。む
ろん循環器外科は全国的にベストテン、屈指の評判だ。

ゴジラの仔

11月末、冬将軍がやってくる少し前だったが、夜はかなり気温が下がっていた。夕方、散歩に出掛けたお隣の奥さんが産まれて間もない子猫を拾ってきた。道ばたにうずくまって鳴いており、木枯らしの寒さで死んでしまうかもしれないと。明日、ボランティア団体の里親の家に届けるので、一晩だけ預かってくれと頼まれた。授乳して洗面所にかくまっておいたが、か細い声でミーミー鳴きながらリビングにやって来る。真黒で器量が悪い。まるでゴジラの仔だ。一晩の仮宿のつもりだったが、かわいい。それが始まりだった。ゴジラ

ネコはイヌほど人になつかないというが、ゴジラの仔は人が大好き。誰にでも親しげに甘える。宅急便の配達の人にもまとわりついて、離れない。若猫に育ち、楽しみはぼくと寝ること。ベッドのぼくの足下が定位置だ。夜11時すぎて、眠くなると後ろ足立ちして、招き手でぼくの足をネエネエとなでる。無視するとキーボードの上に登ってきて、ぼくの気を引きつけようとする。「じゃあ寝ようか」と2階に上りかけると、脱兎のように先回りし、踊り場で伏せの体勢でぼくを待っている。じっとぼくの目を見つめて、早く来てよと訴えているようだ。
1才を少し過ぎた頃、ちょっと目を離したすきに車に跳ねられてあっけなく逝ってしまった。拾い上げたときはまだ体が温かく、胸が張り裂けるほど悲しかった。
          CIMG5648.png

数カ月過ぎたが、いまでも、ゴジラの仔が側にいて「一緒に寝ようよ」と招いているような気がしてならない。